日本最北端稚内の温泉



思っていたほど、混んではいなかった稚内温泉。
脱衣所のコインロッカーは、わたし好みのラッキー・ナンバーのFを選んで、シャツを脱ぎ始めた。
近くで聞き慣れない言葉が飛び交っている。振り向くと、後部の扇風機の回った休憩コーナーからだ。
数人の欧米系の男たちが話す語調は、テレビや海外旅行の折に耳にしたことのある、ロシア語だった。ここはサハリン(ロシア)に近い、日本の最北の稚内。ロシア人が往き来する、国境の町なのだ。
わたしは女房と、利尻・礼文島の旅の途上である。この日本最北の温泉でもある、「童夢温泉」に来ることを楽しみにしていたのだ。
ガラス戸を開けると、湯気の立ちこめる湯屋には、ほどほどの人が入っていた。道北最大の広さというスペースには、露天風呂を始め、ジェット・バス、薬湯、打たせ湯やサウナなど、豊富な湯の楽しみができる。
わたしは体を流してから、好みの露天風呂に出た。
岩組の浴槽は狭いが、先客が場所を詰めてくれた。
前方には、大海原が広がっている。「海と空と利尻富士の眺望」と、「見事な夕日」をキャッチ・フレーズにしているこの温泉。しかし今日は、重く厚い雲のベールに閉ざされていて、宣伝文句の効果はない。
ここは、地元の人が多いようだ。「毎日来ているか?」などと、日焼けした人たちが話していた。
わたしは600円の入浴料を払ったが、地元向けの常連や、お年寄りパスなどがあって、かなり安くなっている。
この温泉には、ロシア人グループが多い。わたしは数年前に訪れたブダペスト(ハンガリー)の「ゲッレールト温泉」で、地元の人たちと一緒に入浴したことを思い出していた。
ここの湯は、塩分の多い強食塩素系で、リウマチや更年期障害などに効果があるそうだ。面白いことに、この湯は、かつて石油が出たところを掘っていたら、温泉が湧き出してきたという。
わたしは大海原を眺めつつ、何度も湯浴みを繰り返した。湯から出ると、冷気に体がすっぽりと包み込まれる。そんな、ひんやりとした空気が心地好い。6月の中旬とはいえ、やはり最北の地である。
今日、午前2時過ぎに稚内の空港に着いたときの温度は、16度だった。黄昏が近い今は、もっと低くなっているだろう。
この稚内は、東はオホーツク海、西は日本海に面し、北は宗谷海峡に接している。明日訪れる予定の利尻島や礼文島はもとより、天気の良い日には、ロシアの島影も眺められるという地でもある。
露天風呂で存分に「最果て気分」を味わい、ラウンジに出る。すでに女房は、湯上り茶を飲んでいた。
わたしは、「冷えたビールを!」と思ったが、女房のお勧めの熊笹茶が旨く、お代わりをして飲んだ。
ここから20分ほどで、ホテルに戻れる。ビールは、夕食までのお預けだ。ロシア・ビールもあるというので、それも楽しみだ。




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