カマキリの運命


朝刊を取りに、玄関の扉を開けて門に出ようとしたとき、足元にカマキリがいた。
うっかり踏みそうになったので、そっとつかんで脇の花壇に移した。
2日間ほど、陽だまりのポーチのコンクリートにへばりついて、じっとしていた。大きな体と腹のメスカマキリは、卵の産み場所がまだ決まっていないと見える。
すでに、庭のあちこちの枝には産みたての卵塊が見られ、初冬の光を受けていた。
子孫を残すという、一生の大切な仕事を無事に終えたカマキリたちは、立派な卵塊を残して、いずこかで永遠の眠りについているはずだ。それはきっと、舞台で立派に大役をこなした役者のように、ほっとして永久の宿に落ち着いていることだろう。
だが、身じろぎもしないこのカマキリは、どうしたことなのだろうか?
「早く卵を産まないと、寒さで死んでしまうぞ」
眉間に皺を寄せながら忠告しても、分かってもらえずはずがない。卵を産み終えれば当然、命は次世代に譲ることになる。むしろ彼女は、先のない運命を察して、「一日でも長く生き延びよう」と、自身の延命を願っているのかもしてない。
一週間後の朝、新聞を取りに玄関に出たときのこと。ポーチ脇の花壇に、カマキリがいた。きっと先週のカマキリだろう、木イチゴの葉上で標本のように動かなかった。
そっと手を差し伸べてみた。ピクリともしない。「寒さで仮死状態になっているのだろう」 と思いつつ、両手の中に包み込んで暖めた。
しばらくして、閉じた手を開いた。しかし、ボクサーが身構えたときのような、縮めた長い鎌は動かなかった。
緑の鮮やかな色といい、眠っているような形といい、今にも動き出しそうな姿だが、彼女の体の機能はすべて停止してしまったようだ。人が寒さから身を守るときのように、小さく小さく縮まる姿。いや猫が寒がって、額まで隠して丸まっているような、そんなカマキリの姿がいじらしい。
先週までは暖かな日より続きだったが、今週は寒い一週間だった。日毎に最低気温を記録していき、そのひんやりとした冷気に、思わず身を縮めてしまう。霜で辺りが真っ白になった様を見ただけでも、温もった体が急に冷え込んでしまう思いだ。
きっとカマキリは、初冬の温もりを貪っていたのだが、急激な冷え込みに体が対応しきれずに、産卵の機会を失ってしまったのかも知れない。異常気象が災いし、子孫を残せなかったカマキリの死だ。
わたしの手の温もりと同じくらいになったカマキリを、自身が選んだ安住の地の木イチゴの葉上に戻してやった。





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