春の舌鼓


百花咲き乱れる、うららかな春となった。
待ち焦がれていた、木々の芽吹き。花見酒に酔いしれて、春爛漫を謳歌する。「何と幸せなことか」と独りごちながら、散りゆく花びらを眺める。
花も好し、酒も好し、それに食も好しである。
このころ旨いのが、新鮮な野菜である。昨年、それとも一昨年。いや、思い出せないころから好きになった野菜類はさまざまであり、口に含んだ瞬間その味覚を思い出し、わたしの心の中に眠っていた春を目覚めさせるのである。
そんな春の味はたいていが、クセというか、アクの強いものが多い。ふだんはとても食べられそうにないものも、春のものは柔らかで、ほのぼのとした香りをたたえている。
わたしの胃袋が選んだ、春の野菜のベスト・テンをあげてみよう。
先ず「春一番」を感じるのは、フキノトウだ。細かく刻んで澄まし汁にすると、お椀から馥郁とした香りが漂ってくる。さらりと揚げた天ぷらも、酒の肴に合っている。まさに、春のときめきを呼ぶ味だ。
ミツバは、吸い物に好い。その繊細な味と、香りが楽しめる。セリのお浸しや、クレソンのサラダ。それに、アシタバの若葉も旨い。
我が家の庭のあちこちには、アシタバが生えている。伸び始めたばかりの柔らかな葉を摘んで、お浸しにする。適度な歯応えと、野草のようなワイルドな味が好い。
ワイルドといえば、何といっても本物の野草だ。タンボポのサラダもクセがなく、さらりとした味が好い。また、ノビルが実に旨い。土手の斜面に生えている、細いネギのような茎をそっと引き抜くと、ラッキョウを小さくしたような球根が付いている。これを味噌などを付けて食べるのだ。噛んだ瞬間、ピリリとした野性味があるが、しだいにまろやかな甘味が出てくる。ラッキョウの生も好きだ。出始めたころの新鮮なものが、酒の肴に合っている。
近ごろはほとんど栽培物だそうだが、タラノメやウドも春の味のスター格だ。ウドの筋っぽい歯応えと、喉をえがらっぽく刺激するのが何とも好い。味噌を付けて食べるのが合っているが、そのままでも好い。これも、春先の晩酌には欠かせない友だ。
これで、「春の味ベスト・テン」が出揃った。いやいや、かんじんなものを忘れていた。春の王様格のタケノコだ。何といっても香り、味わい、それにタケノコはさまざまな料理法があり、「春野菜のキング」だろう。
子どものころ、薄い毛が生えているざらざらの皮を三角に折り、中に梅干しを入れて、皮が紅色になるまでしゃぶった思い出がある。
わたし好みのタケノコ料理は、薄味の煮付けか、水煮だ。香ばしい香りが保たれるし、ちょっと舌をさすようなエグ味が好い。「根のほうが甘味があるの……」と妻が言うように、サクサクとした歯応えのある根元も好きだ。でも固いので、歯を痛めないように注意が肝要だ。
紫色の大きなイボが、たくさん並んでいる根元。「これが根になるんだなぁ」と、竹やぶを思い浮かべつつ般若湯を傾けている。
ここで気が付いたのだが、春の野菜類のほとんどが酒に合うようだ。いやそれは、単に、わたしの「野菜好み」のことだけかも知れないが……。
何はともあれ、食卓を賑わす春の野菜は、その豊かさを心の中にまで運んでくれる。





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