ホタルの舞い


夜の帳の降りるのを待ち兼ねて、民宿の主人の車に便乗してホタル見学に出かけた。
どこをどう走っているのか、暗くて皆目見当がつかない。でもとにかく、舗装道から農道に入り、5分ほど走ったところで車は停まった。田んぼの真ん中である。
暗闇の中に先客の車が2台と、マイクロバスが停まっていた。そこここから、子どもたちの歓声が聞こえてくる。みんな、近くの民宿に泊まっているのだろう。
見上げる空には、ところどころに千切れ雲が流れているが、いっぱいに広がった星空だ。その星の数も、いつも見慣れた我が家の窓からとは違い、溢れんばかりの星の輝きで飾られている。
暗闇に慣れてくると、周りの情景がつかめるようになってきた。
数人のグループが、三々五々と農道に集っている。「ここにも。あそこにもいる!」と、甲高い子どもたちや母親らしき女性の声が聞こえてきた。闇の中は、大賑わいである。
上から下まで、辺り一帯にホタルたちは飛び回っていた。前後左右に、首の運動を強いられてしまう。
わたしの足元に、1匹のホタルが飛んできた。身を屈めて、雑草の葉に止まっているホタルを見る。
小さな体から放つ、仄かに明るい光。「体の後部には、どんな発電機が仕掛けられているのだろう?」と、首を傾げてしまう。
ややあって、淡い光は上空に吸い込まれるようにして、ゆっくりと仲間の光の舞いに加わって行った。
「いい迷惑だよ!」と、ホタルたちは顔をしかめて(?)飛び立ったのだろうか。見上げる暗闇には、右から左へ。左から右へと、光が飛び交っている。その姿は流れ星のようでもあり、夜空の星に交じって、遊泳しているような情景でもある。まるで、映画のアニメで見る「お伽の国」や「竜宮城」を思わせる、幻想的な世界である。
どれほど時間が経ったのであろうか? ホタルの魅惑的な舞いに心を奪われていたわたしを、現実に引き戻したのは宿の主人の声だった。
「そろそろ行きましょうか?」
初めて見たホタルの舞いに酔いしれていたわたしに、にこやかな顔で、さらに言った。
「ホタルはみんな平家ボタルです」





HOME