ブランデンブルク門


菩提樹の茂った並木道に入った。
正面には大通りを塞ぐように、ベルリンのシンボル「ブランデンブルク門」が立ちはだかっていた。
辺りは、欧米人の観光客で賑わっている。遠目には分からないが、傍で見るブランデンブルク門の壁面は、薄紅色を帯びていた。
丸い柱は、ギリシア建築を思わせる。それもそのはずで、アテネの神殿の門を手本に、1791年に造られたのだ。
門の上部には、馬車に乗った女神像がある。1806年にプロイセンを破ったナポレオンが持ち去ったが、8年後に元の場所に戻されている。
6本の柱の間は、中央だけがやや広い。これは、プロイセン王家の馬車の専用通路だったという。
この門の名は、プロイセン時代にベルリンがブランデンブルク侯爵領だったので、名付けられた。
むろん今では通行は自由だが、東西分裂時代は門の側まで壁が築かれていた。現在、取り払われた壁の跡が残されている。埋め込まれた小さな石が、路上に点線を描くように列なっていた。
この辺はベルリンの中心部で、交通量も多い。走っている車は当然ながら、ベンツやポルシエ、BMWなど、日本では高級車ばかりだ。タクシーはどれもベンツである。
8月なので日中は暑いが、朝夕はぐっと冷え込んでくる。ベルリン子たちの服装もまちまちだ。半袖シャツやスーツ、コート、中には皮ジャンパー姿の若者たちも、ときどき見かけた。
今これが流行りなのだろう? 若い娘たちの坊主頭を見かける。スタイルが良く、颯爽と歩く彼女たちに良く似合っている。








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