ポルトガルの魂の歌・ファド



リスボンのホテルから近いファド・レストランは、50席ほどのこじんまりとした店だった。
ペチカの前では、ギターとギターラ・ポルトゲーザと呼ばれる、ポルトガルのギターを奏でている。その間に立って唄う、黒スーツ姿のファディスタ(ファドの歌い手)。何かを訴えているかのように、腹の底から絞り上げるように唄っている。
ファドの哀愁を帯びた歌声は、人生の悲しみや絶望感を誇張したような歌い方だ。日本流にいうならぱ、湿っぽい演歌を乾燥させて、感情をふちまけるような歌い方だ。そこには、力強い情熱が漲っている。
長い航海や、やむなく異国の地に出稼ぎに行き、故郷に残した家族や恋人に想いを寄せる気持ちを表しているに違いない。
三人の中年女性ファディスタたちが、代わる代わる唄っていく。服装はともに違うが、みんな黒装束である。やっぱりファドは、女性の歌手の方が、情熱と悲しみがより伝わってくる。
ラテン語で、「運命」や「宿命」を意味するファド。やはりそれは、愛情、情熱、感情、情念……などにデリケートでナイーブな、女性に相応しい歌なのかもしれない。
ファドには、女の心の内を歌うリスボンのファドと、男性の心情を歌うコインブラのファドがある。どちらが素晴らしいかは、聴く人の好みだろう。
わたしたちツァー仲間の、A嬢とTさん、K氏の四人で、さらにファドのハシゴをする。
リスボンの夜の街を歩くが、ファド・レストランは見当たらない。
ちょうど真向いから、若いカップルが来たので聞いてみた。すると二人で、店の前まで案内してくれた。
二人のウエイターに導かれて店内に入ると、演奏たけなわだった。ほば満席に近いテーブルには、日本人の姿は、わたしたちだけだった。
「アデカ・マシャード」との店の名が描かれた絵の前では、2つのポルトガルギターと、クラシックギター奏者が演奏していた。黒装束の男性ファディスタたちは、ケープと呼ばれる袖のない黒い外套を、スーツの上から羽織っている。
壁に飾られたファディスタたちの絵の前や、サンパウロ(ブラジル)から来たという四人の男女グループたちと、記念撮影をする。
絹糸が擦れ合うような、ギターラ・ポルトゲーザの12弦ギターの音は、悲し気だ。ギターの音の波に、自身の声を乗せるように唄う女性ファディスタは、哀愁と哀惜とが漂っている。ファドの叙情的で哀調を帯びた響きは、しだいに盛り上がってきた。
すっかり忘れていた時計を、ちらりと見た。その針は、すでに午前1時半を回っていた。





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