星空に響き渡る虫の音



黄昏が近づいてきた。
最前よりわたしは、テレビを見ながら晩酌をしている。素晴らしい秋の夕べを楽しませてくれる、演奏者たちの出番も始まった。
「リッ・リッ・リン・リーッ・リー……」
それは、楽器調整をしているようなぎこちない鳴き方である。まだリズムもメロディーも整ってはいないが、確かにアオマツムシの鴫き声だ。
何度か頼りなく、遠慮がちな音をぼそぼそと繰り返していたが、見る間に見違えるような音色に変わっていった。
それを合図にしたかのように、あっちからもこっちからも聞こえてきた。
しだいに、オーケストラの輪が広がっていった。
庭からも、遊歩道や、公園の方からも……。緑に囲まれた我が家に、スピーカーを向けているような響きとなっていった。
コオロギや、カネタタキの鳴き声も時々聞こえてくるが、アオマツムシの頭上から降り注ぐようなすさまじい合奏が主役である。
翌日、夜の帳が下りたころ、近くに買い物に出た。 玄関のドアを開けたとたん、虫しぐれが耳に押し寄せてきた。
「リーーリーーリーーリーー」
アオマツムシの大合奏である。
まだ7時前だが、先程の夕暮れもいづこかへ押しやられ、虫遠のお好みの暗闇にすっかり入れ替わっていた。
住宅街が途切れると、遊歩道に出る。街灯にぼんやりと照らされていた桜並木の遊歩道を、ゆっくりと歩いて行く。
緑がいちだんと多いところに来ると、巨大なオーケストラになっていた。やはりアオマツムシが主役だ。場所によっては、耳をつんざくほどの響きである。
どこへ行ってもアオマツムシが多い。アオマツムシは果樹などとともに、日本に入って来てから約百年が経つ。今では、東北地方南部から九州まで、生息範囲を広げているという、凄まじい生命力である。
誰がオーケストラのタクトを振っているのか知らないが、乱れぬリズムである。じっと耳を澄ませているとさまざまな楽器が加わっている。
「ジ・ジ・ジ・ジ」とのオカメコオロギ。
「コロ・コロ・リ・リー」と、エンマコオロギ。それに、カネタタキもオーケストラの一員だった。
奏でる『愛の賛歌』の大オーケストラは、しだいに、輝く星空を突き抜けるほどの高まりに達していた。



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