箸を使うニューヨーカー



ニューヨークでは、ロケーションの良い「Hホテル」に泊まっていた。
六番街の〈アメリカン・アベニュー〉にあり、53丁目と54丁目に面していた。近くには和食の店も多く、ラーメンはもとより、オデン屋や定食が食べられる店もある。
どの店も、いつも混んでいた。客は、わたしのような日本人旅行者が多い。それに日本人のビジネスマンや、地元のアメリカ人の姿も交じっている。
妻とビールを飲みながら定食を食べているとき、隣のテーブルには、2人のアメリカ人のビジネスマン青年が、和食を食べていた。一人は器用に箸(はし)を使って、もう一人の連れに食べ方の指導(?)をしているようだった。熱燗(あつかん)を飲みながら、刺し身やラーメンを食べている。面白い組み合わせなので、それとなく見ていた。
天汁のように満たされた小皿の醤油の中に、たっぶりと刺し身を浸して、旨そうに口に運んでいる。しかし、一方の青年は箸使いが下手だった。なかなかつかめず、皿の中をマグロの切り身が泳ぎ回っている。やっと箸でキャッチすると、素早く口の中に放り込んでいるのだ。見ているわたしの方が、ハラハラしてしまった。
その後、刺し身の盛り合わせを頼み、冷しラーメンも注文している。実に良く食べる。もっともアメリカでの食事は、どこでも量が多くて、食べ残してしまう。
ビールを飲みながら、盛んに箸を使って和食に挑戦する、そんな二人の青年の姿を眺めていた。
ブロードウェイの和食レストランは、日本人よりも地元のビジネス・スタイルのアメリカ人で混んでいた。隣の席の4人の若い女性たちは、食べる暇もないほどの早口で喋りまくっている。この店は、テンプラを食べている、アメリカ人グループが多かった。



「ちょっと高級」とガイドブックに書いてあった、五番街近くの鮨店は、やはり高級だった。店が新しいこともあるが、白木造りの店内や、漆塗りのカウンターなど、凝っている。店員のすべてが、日本人だ。
高級レストランのボーイのように、我々の後に立っていて、過剰とも思える気の使いようは、少々落ちつかない。
「ニューヨークで鮨を食べて、日本で牛肉を食べた方が旨い」と店員が言っていた。
ニューヨーク沖の大西洋で獲れたマグロは、日本に送られているそうだ。そんな新鮮なトロが実に旨く、店の人の言う通りだ。妻と二人で腹一杯食べても、日本よりも格段に安かったのが、さらに好い。
妻の隣のカウンターには、3人の若い女性が座っている。ハングル語を喋って東洋系の顔立ちなので、きっと韓国人だろう。箸使いも上手く、ツナ(マグロ)やイエロー・テール(ハマチ)を、次々と注文していた。
わたしの隣には、60歳に近いとおぼしき、サラリーマン風のアメリカ人だ。その小肥り氏は、刺し身と味噌汁を注文して、緑茶を飲んでいる。
「ダイエットしているんでしょ。日本食はカロリーが低いから」
わたしの耳元で、妻が声をひそめて言った。
氏は箸が上手に使えず、醤油の人った小皿の中で悪戦苦闘している。悪いと思ったが、吹き出しそうになるのを、わたしは耐えていた。
氏は、熱爛を飲みながら鮨を食べているわたしを、チラリ、チラリと見ている。
やっと食べ終わって、味噌汁に移った。しかし、いくらすくっても実がつかめないようだ。しまいには、カウンターの上にこぼしてしまった。
氏は照れ笑いをしながら、スプーンを要求した。すると、中華料理のときに使う、ちりれんげを持ってきたのもニューヨークならではである。
無事に食べ終わった。他人事だが、ほっとした。氏は、「ソリー・ソリー……」と何度も謝りながら、店を出て行く。
妻とともにニューヨークで和食を食べ歩き、さまざまなアメリカ人の箸使いを見る機会のあった、楽しい旅だった。 




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