海の桂林・ハロン湾


観光船はゆっくりと、パイチャイ湾を離れていった。
深いエメラルドグリーンの板ガラスを張ったような静かな海面を、船は快いスピードを上げていく。
前方には、海面からいきなり突き出した島々が、次々と姿を現わしてきた。
船は沈黙の海面を舶先で波を切り、波状模様を広げていく。わたしはマストを背にして船首のデッキに胡坐をかき、広がる景観を楽しんでいた。
「海の桂林」と呼ぱれている、このベトナムのハロン湾の島々。竹の子が生えたように海面から突き出した奇岩群は、中国の桂林の奇峰群とそっくりな風景である。
切り立った鋭い岩肌以外は緑で覆われ、岩肌の小さな窪みも見逃さすに生える草木の生命力の強さ……。実に驚異でもあり、美景を作り出している。
大白然の懐に抱かれて心を和ませ、壮観な山水画の世界に浸っていると、船は豊かな緑の大きな島を周り込んだ。
すると、風景が一転した。桟橋があり、観光船が泊まっている白い砂浜では、欧米人たちが泳いでいる。そこだけが、人工地帯である。
この辺は「ティトオップ ピーチ」といい白い砂は運んできたもので、「人工浜」だという。1969年には、ホー・チ・ミン首席がここで泳いだそうだ。



船から下りて、小高い山に登る。
汗を拭きふき、曲がりくねった急登に息を切らせた。足が棒のようになったころ、展望台へ着く。
「アー−−−」と、言葉にはならない吐息が飛び出した。360度の絶景である。「苦労して登ったかいがあった!」と、心の中のわたしが叫んだ。
セミが鳴いている。風がそよいでいる………。大海原に点在する緑の島々。エメラルドグリーンの穏やかなハロン湾の海面。眼下のビーチは白く、沖にいくほど緑が濃く、遥か沖合は紺碧のカラーをまとっている。
その自然が織り成す幻想的な色調に、しぱし目を見張ってしまう。
豆粒のように見える、小さな漁船や観光船。遠方には大型の貨物船が、ナメクジのようにゆっくりと進んでいく。
海とは思えない静けさと、島々の群れをじっと眺めていると、水盤の上に造形された盆景を見ている錯覚に囚われる。
長さ80k、幅45kのハロン湾に点在する、2000以上の島々。宝石のようなエメラルドの海の輝きと調和した、桁外れの雄大な景観。そんな深奥な光景に、わたしの心は吸い込まれていった。




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