メコン川クルージング


国境の古都・チェンセーン(タイ)の町から車でほどなく、メコン川に出た。茶色に濁った大河は、とうとうと流れている。
メコン川を境として、対岸はラオスである。こちら側のタイとは違って、木々がうっそうと茂り、人家はまったく見渡らない。
川沿いの道路を、車は北へと向かう。
しぱらくして、船着き場に着いた。辺りは土産屋が軒を連ねている。
前方には、広大な二つの川がぶつかり合っている。水面が盛り上がって、渦を巻きながら流れていた。
タイとラオスを隔てるメコン川と、タイとミャンマーとの間を流れるルアク川とが、ここで合流しているのだ。異なる色の水流は、寄り添うように二本の帯となって、激しく流れていく。
ここが、タイとラオスとミャンマーの三国が国境を接する、「黄金の三角地帯(ゴールデン・トライアングル)」といわれている地である。今では観光地となっているが、かつては麻薬の生産地として悪名高い危険地帯だった。我々は、ここからメコン川をクルージングしながら、国境の国々を遠望しつつ、ひとときではあるがラオス領内に入国することになっている。
桟橋を渡って、細長い船に乗り込む。流れの速い川上へと向かって、船はエンジン音を高鳴らせていく。むっとしていた空気が動き出し、頬を撫ぜていく風が快い。時折、飛沫を浴びるが気にならない。
左手に見える、三角州のように食い込んだ地はミャンマーの領土である。タイ側との距離は、僅か10m余りしかない。乾季になると水量が減って、国境がさらに縮まるという。
前方の木々の間に、小さな塔のようなものが立っている。船がミャンマー側に近づき、進むごとにしだいに大きくなってきた。全身が黄金色に輝く仏陀の立像で、庇を作るように頭上からコブラが覆いかふさっている。珍しい姿の仏像だ。



最前より気になっているのは、流木の多さである。かなりの大木も流れている。ゴトゴトと音を立てて、船底に当たってくるのだ。「船底に穴が明いて、激流に投げ出されたら」と、不安である。しかし船頭は、涼しい顔で操舵している。
茶色に濁った、メコンの流れ。これは鉄分を含んだ、上流のラテライト土壌(紅土)が溶かされて濁ったもので、まるで泥川のようだ。
メコン川は、魚が豊富だという。特にナマズが多く、今まで捕獲された大ナマズ「プラー・ブグ」の記録は、何と375キロにも及ぶという怪物魚だ。
ナマズ博士で知られている秋篠宮様は、ここでナマズの研究をしていたそうだ。
ナマズは5月ごろから始まる雨期の間が旬だという。その時期は、1Kが日本円にして2250円で取引される、高級食材である。タイ側の岸辺には、かなり大きな魚市場が見られた。



遠方に、メコン川の黄土色を塗ったような屋根の、大きな建物がこつぜんと姿を表わした。玄関表面には、「PARADISE」と書かれた大看板が掲げられている。場違いのような、真新しい川沿いの巨大な建物は、ホテルだという。その中には、アジアで最大のカジノがあるそうだ。タイの金持ちが、ミャンマーの土地を借りて建てたという。
緑豊かなジャングルを切り開いて、大リゾート施設を建設し、日本人客目当てにゴルフ場まであるとか。自然破壊の是非を、自身に問うてみた。
川に沿って、小さな家の集落が続いている。ホテルやカジノで働く、従業員の家々だという。川岸の一部は激しい流れに削り取られて、赤い土があらわに露出していた。その近くの家々は、「メコン川に呑み込まれてしまうのでは」と、案じてしまう。
船はゆっくりと、方向転換していった。渦を巻いている巨大なメコンの流れ。その水量は、雨期の今はかなり多いという。




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