タイの果物


タイ北部は、温泉が多いそうだ。温泉タマゴが食べられるというので、楽しみにしている。
土産店が並ぶ前で、バスが停まった。真っ直ぐの道を河原に下りると、そこここに湯煙が立ち上っている。源泉だ。鶏やウズラなど、笊(ざる)に入ったたくさんのタマゴが、湧きだす湯の中に入れてあった。
とろりとした半熟卵を、二つも食べた。その後ビールを飲みつつ、旨いバナナを食べながら、小休止である。それにしても、妙な組み合わせの食べ方だ。
「温泉に浸かりたいなぁ」
わたしの言葉にガイドのS氏は言った。
「タイ人は温泉に入る習慣がありません」
「もったいない! こんな側にあるのに」
わたしが返すと、S氏は笑いながら言った。
「タイは暑いので、冷たい水で水浴びしたいです。わざわざ熱い湯には入りません」
「ごもっとも」と思いつつ頷いていると、S氏も同じように頷いた。



タイの雨期は果実の宝庫だ。行く先々のどの店先にも、山と積まれた果実が証明している。
ホテルの朝食のデザートを、わたしはいつもたっぷりと食べた。メロン、パイナップル、スイカ、パパイヤ、バナナ……などなど、果実好きには至極の喜びでもある。
今回の旅では食べなかったが、寺院や家々の庭には、ジャックフルーツの巨大な実がぶら下がっていた。この実も、雨期が旬の果実だ。
黒紫の外皮のマンゴスチンもちょうど盛りで、白くてふんわりとした果肉が旨い。マンゴーはやや癖があるが、ランブータンは、わたし好みの熱帯果実である。赤くて長い毛の生えた、グロテスクな形の果皮をむくと、白い実が出てくる。そのさらりとした甘みがいい。一つ食べると後を引く。
口の中にとろりと甘みが広がるバナナは、実に美味だ。完熟してから収穫されたバナナは、日本で食べるものとは比較にならぬ旨さだ。種類も多いが、どれも好きである。東南アジアを旅すると、毎日バナナを食べるのが楽しみだ。
そんな話をS氏にすると、行く先々でバナナの種類を変えて買ってくる。わたしが顔をほころばせて頬張っていると、彼は言った。
「イトウさん、本当にバナナが好きですね」
不惑ほどの齢に見受ける日焼けしたS氏は、口をあんぐりと開けて微笑んでいる。



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