目覚め


「確かに蝶だ!」
庭にある、キンカンの木の葉上を飛び回っているのは……。
わたしは、キンカンの木の側に近づいた。
やはりウラギンシジミだった。鮮やかな、シルバーの翅をひけらかすかのようにして、飛び去ってしまった。
蝶は一般に、卵か蛹で越冬するものが多い。しかしウラギンシジミは、成虫のまま冬を越す越年蝶である。ということは、今しがた越冬から目覚めたばかりなのだろう。起き抜けの冷えた体を、日の当たる葉上で温めていたのかもしれない。



風は相変わらず冷たいが、日だまりでは「光の春」を感じさせる、温もった日だ。しかしそんな早春に、ウラギンシジミを見たことはかつてなかった。一般には、活動の活発になる入梅ごろか、越冬に入る前の晩秋のころが多い。



例年、一番早く目にする蝶はタテハチョウだ。むろん越年蝶で、厳冬の最中に暖かい日があると飛び出してくる、気の早い蝶だ。いつもそうだが、素早いスピードで、一直線にいずこへか飛び去ってしまう。その姿は、「啓蟄なんて待ってられないよ!」と言いたげでもある。毎年、2月の中旬から3月の初めごろに、その一号を目撃している。昨年は2月27日の暖い昼下がりだった。
3月に入ると、我が家の庭のさまざまな木々が目覚め始める。



遅咲きの梅やジンチョウゲは満開で、サンシュユや桃の花が綻び始めるころだ。
わたしの心の中に、いち早く春を伝えてくれるのは、ジンチョウゲの香りである。ジンチョウゲが風に乗って薫ってくると、「本当の春」の訪れを感じ取れるのだ。
我が家の近くにある遊歩道で、揚げヒバリの囀りを聞けるのもこのころである。ウグイスが初鳴きするのも、このころだ。テノール歌手の美声で、春の曲を心地よく響かせてくれる。



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