野生象のお出まし


町から離れるごとに、広がっていた田園風景も途絶えていった。沿道は、うっそうとしたユーカリの木々が茂っている。ユーカリの木々がない部分は、疎林となっている。すると、湖が遠方まで見渡せる。だしぬけに、アヌラさんが言った。
「草原に水牛の群れがいます」
目を凝らしていると、十数頭ほどのスリランカ象(アジア象)の群れである。アヌラさんは森の切れ間を指差しながら、さらに言った。
「右側には象の群がいます」
わたしは望遠レンズを付け替えて、カメラを構えた。ファインダーを通して、十数頭の群がゆっくりと歩いているのを確認した。夕方になると、この「ミネリア・タンク」という貯水池に、象たちは決まって水を飲みに来るという。アヌラさんは、声を落として言った。
「昔はたくさんの象がいました。でも、イギリス統治時代にだいぶ撃たれて、スリランカ全体で3千5百頭ぐらいに減っています」
野生象は、すぐに視界から消えていった。すると、アヌラさんが声高に言った。 



「右側に一頭います」
見やる前方の道路脇の林に、一頭の象がいた。バスは速度を落としていき、象のいる近くで停まった。20メートルほど先にいる象は、気付いているようだ。しかし、逃げようとはしない。それに、こちらに向かって威嚇する様子もない。小柄な象は、林の中を右往左往している。
きっと、さっきの群れから離れた、「ハグレ象」なのだろう。逸れ象は気が立っていると聞いた。あまり近寄りすぎると危険である。わたしはバスの中から、カメラを構えた。300ミリの望遠レンズは、ファインダーいっぱいに、象の体を写し出した。4〜5度シャッターを押したところで、背を向けた象は、ゆっくりと茂みの中に消えていった。
 
 


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