アヌラさんとパブへ


夕食後、スリランカでガイドをしてくれたアヌラさんが、わたしの部屋へ訪ねて来た。これから2人で、銀座通りのパブへ行く予定だ。その前に、我が持参の焼酎でイッパイやる。左党の彼は、日本に行ったときに飲んだそうで、イケルという。まだ3分の2ほど入っている、紙パック入りのものを彼にプレゼントすると、喜んで受け取った。
作家でもある彼は、自書を1冊わたしに持ってきてくれた。ありがたく戴く。日本人に負けない、いやそれ以上に、豊かな日本知識を持つ彼だ。アヌラさんの書いた本は、さまざまな事柄を教えてくれるだろう。
ホテルから、暗い夜道を足早に橋を渡り、銀座通りに出る。幸いにして、雨は上がっていた。
店のドアを開け、アヌラさんの後に続く。カウンターの脇に、数脚のテーブルが並べられている。混み合った先客は、欧米人やスリランカ人で、日本人はわたし一人だけだ。女性客やウェートレスもいない、男だけのパブだ。



わたしたちがテーブルに着くと、視線がこちらに注がれた。一瞬、話が途絶えて店内が静まり返ったが、すぐにもとの空気に戻った。アヌラさんとビールのジョッキを傾けつつ、話に花が咲いた。話題の豊富な、彼の話は面白い。
2杯目のジョッキの注文で、オーダー・ストップ。時間も早く、まだ宵の口といったところだが、こちらの閉店は早いようだ。そそくさとジョッキを空にして、ホテルへと戻る。
シャワーを浴びて、すっきりした。すると、今日買った椰子酒の「ラー」の味を、試してみたくなった。「寝酒にイッパイやってみたら……」と、心の中のもう一人のわたしが囁いている。



ドブロクのような液の底には、澱(おり)が淀んでいる。これを振って、均等な濃度にしてから飲むのだろうか?それとも、上澄みを飲むのか迷った。アヌラさんに電話して、聞いてみようかと思ったが、きっと、彼はもう夢の世界にいるだろう。わたしは、上澄みを飲んでみることにした。
「これが酒か!」と、一口飲んでグラスを放した。初めて口にする「ラー」は、青臭くて、妙な甘酸っぱい味だ。でも、一口では、本当の味は分からない。グラスを持ち直して、一杯、さらに一杯と、無理やり喉に押し込む。しかし、もう降参だ。飲みかけの瓶と、栓の抜いていないもう一本を床の隅に置いて、ベッドにもぐり込んだ。
翌日、アヌラさんに聞いて飲むと、何とまったく違ったナイスの味だった。瓶を、振ってから飲むのが正しかった。
   


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