「宝の町」の山城


アウランガーバードのホテルを出て、車で「エローラ」と「アジャンター」の石窟寺院へと向かう。
街を出てからも、ガジュマルの並木は続いている。その大樹は、150年から200年の年輪を刻んでいると、ガイドのC氏は言う。
この辺は、サトウキビやトウモロコシ畑が続いている。綿の生産地でもあるそうだ。12月の今ごろが収穫どきというが、沿道からは綿畑は見渡せない。米はできないというように、付近一帯は岩だらけである。
遠方には、頂が平らな小高い山々が続いている。麓から一帯は、ラテライトの紅色の土と、草原とが入り混じっている。所々に見られる木々は繁茂しており、それはまるで鎮守の森を思わせる。
そんな、緑と紅土とテーブル・マウンテンを遠望する風景が、デカン高原の典型的な風景だとC氏は言う。
30分ほど走ると、左前方の小高い山を城壁で囲むようにした、遺構が見えてきた。「ダウラターバード」である



「ダイラター」とは「宝」の意で、「バード」とは「イスラムの町」をいい「宝の町」との山城を意味している。
ちなみにインドでは、「ジャイプール」や「ジョドプール」のように、「プール」との名が付く地名をしばしば聞く。「プール」は、「ヒンドゥーの町」との意である。
しだいに大きくなってきた、ダウラターバードの城。その前でバスを停め、写真を撮る。デカンの岩山をそっくり砦にした、巨大な山城だ。
砦は、1187年にヤーダヴァ朝の首都として築かれたものだ。後にイスラム王朝によって、占領が繰り返された。最終的には、ハイデラーバードのニザーム朝の領内になっていた。
砦の麓には、白色の塔がそびえている。これは、1435年に建てられた、高さ60メートルの戦勝記念塔だ。
この山城の頂まで登るのには、たっぷり1時間以上かかるそうだ。「この暑い西インドで、登るのは大変だなあ……」と思いつつ、冷房の効いた車窓から眺めていると、バスは走り出した。



人家も稀な沿道に、小さな村が現れた。何の変哲もない村だが、ここにはムガル帝国の王の墓がある。第6代皇帝のアウラングゼープが、この村に眠っているのだ。蛇足になるが、アウランガーバードの北端には、アウラングゼープの第一妃・ベグムの廟がある。「ビービー・カ・マクバラー」との名で、その建物は、アーグラーにあるタージ・マハルをモデルにして設計されたという。しかし、ムガル帝国が弱体化しつつあるころだったので、華麗な姿には造れなかったという。

   


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