巨大で精巧な彫刻の第16窟



北に向かって第13窟から29窟までが、エローラのヒンドゥ窟である。何といっても素晴らしいのが、第16窟の「カイラーサナータ寺院」だ。
この石窟の中でも、飛び抜けて巨大で精巧な造りは、驚くばかりだ。エローラ石窟群のハイライトともなっている、ヒンドゥ芸術の白眉の寺院である。威圧感を受けるほど、とてつもない建造物を前にして、言葉では表現できないほどの敬嘆である。
カイラーサ山の主としてのシヴァ神を祀った、この石窟寺院。ラーシュトラクータ朝のクリシュナ一世の命により、建造されたものだ。756年に着工して、百年以上の歳月を要したといわれている。
石窟といっても、岩山の裾から、寺院全体を丸ごと彫り出したものだ。奥行き81メートルで、幅が47メートルあり、高さは33メートルにも及ぶ。その建造物には継ぎ目がまったくなく、ひとつの巨大な彫刻である。つまり、寺院は横穴式ではなく、真上から掘り下げてあるのが他の寺院とは違っている。ノミと金槌によって掘り出された石は、20万トン以上にのぼるという、巨大な量である。




この第16窟は「エローラの顔」であり、見学者で混み合っていた。日本人は、我々ともう一つの団体で、少人数の欧米人グループ以外は、ほとんどがインド人の家族や団体だった。
薄暗い窟内のレリーフを見終わって、外に出たところで声をかけられた。ヒンドゥ訛が強く、聞き取り難い英語で若者は言った。
「どこの国から来たのか?」
「日本から来た」
わたしが応えるとその青年は、グループの一人ひとりに、「ジャパン、ジャパン……」と伝えている。それはさも、国当てゲームをしているような様であり、「日本人に見えないのかな、わたしは?」と、小首を傾げてしまった。
この寺院全体は、象の車の形をしている。しかし、あまりにも巨大な遺構なので、一見しただけでは全体像がつかめない。
本殿裏側の象の彫刻は、首に皺がある。これは、本殿があまりにも重いので、持ち上げている象の首に皺ができてしまったそうだ。実に芸の細かい彫刻である。この石窟は、中央の寺院と周囲の回廊からなっている。その壁面には、彫像や模様がぎっしりと刻まれており、興味あるレリーフである。神話から題材をとったという、彫刻の数々だ。全体の構成は、左右対称にできている。
寺院の全体像を見るために石段を上って行くが、どの回廊を巡っても行き止まりである。入り口側のテラスに来ると、全体の姿が見易かった。




そんな遺構を写真に撮っていると、下からの大勢の視線を感じた。彩色豊かな、パンジャービードレス姿の一団である。30名あまりの大学生ほどの彼女たちの笑顔が清々しい。
わたしは右手を握り親指を立てて、「グー(GOOD)」のポーズを取った。すると、彼女たちは手を振っている。




第16窟のカイラーサナータ寺院から、北へ500メートルほど歩いたところに、ジャイナ教窟がある。第30窟から、第34四窟までの5窟である。エローラ石窟群の末期のもので、その彫りにはやや力強さが欠けている。しかし、まだ未調査のものが、多数残されているようだ。どの窟もさらりとした造りで、ヒンドゥ教窟のような密集した彫刻は見られない。第31窟や第32窟などはコウモリの住処になっていて、臭気が漂っていた。石窟群の中でも離れた場所にあるここは、見学する人も少ない。
ここで、エローラ専属ガイドのC氏と別れる。我々はこれから車で、アジャンターの遺跡近くのレストランへ行き、昼食である。その後、アジャンターの石窟を訪れる予定だ。
別れ際、髭を蓄えたC氏は、わたしの髭を指差して「ベリー・ナイス」と言いつつ、ニャリとした。


   


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