仏教絵画の源流・アジャンター壁画



インドの石窟は、全土に1200ヵ所余りある。そのなかの1000ヵ所の石窟が、このマハーラーシュトラ州を中心とする、西デカンに集中している。窟院の多い理由は、この地方は玄武岩の岩質であり、彫刻し易い岩山が多いためだという。
1000ヵ所の石窟の内訳は、約80パーセントが仏教系のもので、残りの20パーセントがヒンドゥ教とジャイナ教系のものである。



沿道は、剥き出しの乾いた土と、こんもりと茂った木々が点在しており、遠方には小高い山々が連なっている。そんなデカン高原の風景を眺めつつ、車で2時間ほどするとレストランに着いた。
エローラの石窟をかなり歩き回り、体も汗ばんでいたので、ビールの旨さは格別だ。腹の虫も鳴いていたので、夢中で食べた。食べ終わって満腹になってから、何を食べたか? 思い出してみたほどだ。
昼食後、期待のアジャンターの遺跡へと向かう。



我々のバスはTジャンクションの駐車場までで、下車してからシャトル・バスに乗り換える。
電動のマイクロバスは静かで、乗り心地も良好である。それよりも、ガソリン車の排気ガスによる、遺跡の損傷を防ぐためにも最良の輸送手段だ。15分ほどで、石窟の近くに着いた。
弓なりの線を描いた、渓谷の中腹の道を歩いて行く。左側は断崖で、木々が茂っている。木の間越しから見下ろす谷の水量は少なく、ところどころに、水溜りのようになった水面も見られる。
反対側は岩壁で、ほとんど草しか生えていない切り立った岩棚である。その岩壁に沿って、まちまちの形や、大小さまざまな石窟が並んでいた。



1983年に世界遺産に登録された、アジャンターの石窟。馬蹄形にカーブした、ワーグラー渓谷の断崖中腹に、三十窟が並んでいる。石窟に描かれた壁画や彫刻、仏像などは、インドが世界に誇る、いや、人類全体の財宝である。「エローラは彫刻でアジャンターは壁画」といわれているように、アジャンターを世に知らしめたのは、素晴らしい壁画だ。描かれた壁面のすべては、4世紀から7世紀の大乗仏教期のものと推定されている。
インドの絵画は、古代から発展を続けてきた。しかしインド全体を見渡しても、現在残っている壁画は皆無に等しい。それは、高温多湿な風土では、保存が難しかったからだ。



しかし、アジャンターの壁画だけは例外だった。完成度の高い壁画が豊富に残っている。
「なぜ、アジャンターだけに?」
わたしは首を傾げてガイド氏に訊くと、彼も首を傾げつつ言った。
「はっきりと決定付ける根拠に乏しいのです」
アジャンターのこれらの壁画は、中央アジアや中国、それに日本の古代仏教絵画の源流ともなっているものである。

   


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