飛んだハプニング


混み合った成田空港から飛び立って、ほっとした。
ワインを飲みながらリラックスして本を読んでいると、独り旅でも退屈はしない。2時間はあっという間に過ぎていく。
「そろそろ上海では……」と、ほろ酔いのわたしの心はしだいに浮き浮きしてきた。
本を閉じて小窓を見る。外は、すっかり暗黒の世界になっていた。
ややあって、機内放送があった。その信じられない言葉に、わたしは耳をそばだてた。
「上海空港に降りられませんので、急きょ成田に引き返します」
英語、中国語、日本語で、何度も繰り返した。
機内の賑わいが、どよめきに変わった。唖然とした。浮かれていたほろ酔いも醒め、不安に駆られて辺りを見回した。さらに機内放送は続いた。
「成田空港に着きましたら、係員が詳しい説明をします」
三ヵ国語で何度も伝えるのだが、引き返す理由が分からないので不安がつのるだけだ。何人かの人が、スチュワーデスに訊いている。しかし「成田空港に着きましたら詳しい説明があります」と言うのみで、らちが明かない。
こんなアクシデントは、初めてだ。「もしや、上海空港で飛行機事故があったのでは?」「どこかの飛行機がハイジャックされて、空港が厳戒体制に入っているのでは」「いや、ハイジャックされているのは、この飛行機では……」などと、悲観的状態をあれやこれやと思い浮かべていた。
でも、乗っているこのジャンボ機は、ハイジャックの気配も、別に異常もないようだ。「2時間半後には成田に着くのだから」と、自身の心を落ち着けた。
今回の旅は3泊4日と短いので、成田に着いたらこの旅をキャンセルしても良いと、一瞬思った。しかし、「待てよ! 上海で延泊すれば、予定通りの行動ができる」とも考えた。でもわたしの航空券は、帰国便が変更ができないので、それは不可能だ。今の航空券をキャンセルして、新たに買い求めれば日程は延ばせる。しかし混み合った正月休みは、空席は無いだろう。それも僅か1〜2日のために、そこまで出費することもないだろうと、思い直した。
「予定通りの旅をしよう。旅にはアクシデントは付きものだ。なるようになる。ケセラセラ……」と、自身に言い聞かせると気が楽になり、読みかけの本を再び開いた。
午後11時ちょうどに、成田空港に着いた。
わたしもそうだが、どの顔も疲れきった表情で、無言で指定されたゲートに集まった。
ゲート前で、日本人と外国人とに分けられると、やや日本人の方が多いくらいだ。外人は、欧米系の人々はちらほらで、ほとんどがアジア系だった。
係員から、上海空港が濃霧のために、着陸できない旨のお詫びの言葉があった。さらに翌日のスケジュールの説明の後、手配されたバスに分乗して、宿泊する「幕張プリンスホテル」へと向かった。

モーニング・コール前に目覚めた。見晴らしの良い48階のレストランで朝食後、定刻通りの9時に、成田空港へと向かった。
予定通りの午前11時40分、再び上海へ向かって飛び立った。
わたしは、シート横のコール・ボタンを押してワインをもらい、昨日の続きの本を読み始めた。しかしほろ酔いになるに従い、昨夜の寝不足が首をもたげ、気持ちよい睡眠の世界に吸い込まれていった。
後で聞いた話だが、昨日の上海空港は、暖冬のせいで10m先が見えない濃霧だったという。かつて無いことだそうだ。それに昨日、上海空港に着陸できなかった飛行機は、福建省のアモイ空港に着陸したという。アモイは、上海から直線距離にして約800kで、台湾のすぐお隣だ。上海から成田までは約1800kもあるので、我々は、約2.25倍もの長旅をしたことになる。
わたしにとっては、まだ行ったことのないアモイに降りてもらいたかった。しかい、我々の機は夕方便だったため、すでにアモイ空港は先着便で満杯だったに違いない。
2時間45分の飛行を終えた機は、午後1時半、無事に滑走路に車輪を着けた。
大晦日の上海空港は、やや靄っていた。




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