ポカラの町角で



ポカラ(ネパール)で、「物々交換」なる日本語を頻繁に聞いたのは、売り子からだった。
町を歩いていると、物売りたちが寄って来る。何も買わないことが分かると、わたしの持ち物と交換しようという。
ポカラでは、インドの民族楽器のサーランギ売りの青年が、多いのに驚く。インドに比べると、楽器はどれも細長い。彼らは、それを弾きながら近寄ってくる。むろん、土産用のミニチュアの弦楽器である。
次から次へと来るサーランギ売りを断っていると、その中の一人の青年は、わたしの腕時計と物々交換しようという。わたしは苦笑いしながら言った。
「ノー・ジス・イズ・オンリーワン・ウォッチ」
青年は、にやりとしながら離れていった。 ポカラは、チベット系のオバサン物売りが多かった。だいたいが、腕輪やネックレスなどの装飾品を手にしたり、路端に敷いた布の土に並べていた。
町を歩いていると、中年女性たちは次々と近寄って来る。 突然、たどたどしい日本語の声がした。
「おばさん、買わない!」
見やる前方の道端に、チベット系の二人のオバサンが店を広げ、腕輪やブローチを並べていた。
わたしの隣を歩いているツアー仲間のKさんは、「おばさん?」と繰り返しつつ、怪訝な顔をしてわたしを見る。Kさんも、物売りの中年女性たちも、同年代に見える。きっと正直に、Kさんを見たまま言ったのだろう。そんな店は、偽りのない品物があるに違いないと思った。わたしはとっさに英語で言った。
「彼女はおばさんではない。お姉さんだ」
売り子たちは口を揃えて、首を傾げつつ言った。
「オネエサン……」
「そうよ、お姉さん、いや、お嬢さんと言わないと売れないわよ!」
Kさんが言った。さらにわたしが、頬笑みつつ言った。
「お姉さん・イズ・ヤング・レディー。おばさん・イズ・オールド・ウーマン」
すると、物売りの二人の女性は顔を見合わせながら、「お姉さんジャパニーズ・ヤングレディー」と言いつつ、頷き合っていた。ちょっと、無理があったかな……?! と思った。
意味は分かったようだったが、二人の発音がイマイチなので、イントネーションを教えてあげた。
道行く人々は「何事か?」との顔で、こちらを眺めている。彼女たち二人は売ることをそっちのけで、日本語を覚えようとしていた。
我々が立ち去ろうとしている背後から、オバサンたちの声がした。
「ブツブツコウカン。ブツブツコウカン……」
わたしは首を横に振りながら、目を合わさずに遠ざかった。




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