エベレストの深奥な白峰


小型機がカトマンズの飛行場を飛び発ったのは、午前7時だった。
上空の垂れ込めた雲を見上げると、「エベレストは本当に姿を現してくれるのだろうか」と、不安になった。
エンジンを轟かせながら飛び立った双発機は、ぐんぐんと上昇していく。小窓から見るカトマンズの盆地の木々の緑や町並みが、どんどん遠ざかっていった。
機が水平飛行に移るころ、分厚い雲間から薄日が差し込んできたので、ほっとした。
8月のこの時期は、ネパールは雨季である。エベレストの白銀に輝く雄姿を眺められるのは、幸運を祈るしかない。
しだいに雲海の切れ間が多くなり、辺りが明るくなってきた。鉛のような厚い雲は、下界に押しやられている。ぼんやりではあるが、前方の雲上に、雪を頂いた山々が見えてきた。機内から歓喜の声が上がり、わたしも浮き足立ってきた。
2人のスチュワーデスは、ひときわ尖った白壁の峰を指差しながら、「ガウリ・シャンカール(7145m)」と言った。
搭乗前に貰った絵入りの「ヒマラヤ・パノラマ図」を見つつ、白衣の峰々に食い入った。
ややあって、中国との国境にあるチョ・オュー(8158m)が、どっしりと構えている。
ヒマラヤ山脈に沿って、機は30分ほど飛んだころ、ドイツ隊が初登頂して、「地上最美の山」と絶賛したプモ・リ(7145m)が。その手前には、クーンブ氷河がある。この氷河を挟んだ反対側に、エベレストがある筈だ。
わたしは、2台のカメラでシャッターを押し続けていると、スチュワーデスが、甲高い声で小窓を指差しながら言った。



「……エベレスト。エベレスト!」
遥か彼方には、エベレスト(8848m)の純白の高峰が聳えている。機は、白壁に吸い込まれるかのように、ぐんぐんと近づいていき、その白峰は迫ってくる。
神秘的なまでに純白な鋭鋒に、機体を寄せていった。乗客は代わる代わるコックピットに入り、正面からのエベレストを眺める。わたしも、カメラのシャッターを切り続けた。
エベレストを真ん中にして、この方向からは右側にローツェ(8501m)、左側はヌプツェ(7906m)である。
世界最高峰のエベレストの威容は、世界一の座を示すに相応しい、威厳を称えていた。その巨大な白壁は、「神々の山」「霊峰」との名のごとく、神々しいまでに神秘的で、深奥な輝きを放っていた。



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